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某官庁1年生行政官が様々な面において政策を考えるブログです。世界各地の情勢、ITの進化、経済状況、書評等を通して主に政策の批評、提案を書き連ねていきます。 2009年10月半ばから2か月ほど世界一周をする予定なので、そのレポートも行います。
プロフィール

Gichou

Author:Gichou
某官庁、行政官1年目のGichouです。
今年の4月から国家公務員として働き始めました。世界の情勢について、官庁について、IT事情についてなど自分なりの視点で書き綴って参ります。
興味の範囲が、経済政策、新ビジネス、世界・日本旅行、iPhone,iPadなどのガジェットなので、これらについて話題が豊富な予感。
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生と死を見つめて~生誕教会・死海@世界一周28日目~
最近更新が滞っていてすみません。
今現在は私はパリにいます。
Twitterのほうは随時更新しているので、よければそちらもご覧ください。

http://twitter.com/gichou


さて、今回は紹介しきれなかった、ベツレヘムの生誕教会と、死海のエン・ゲディにあるパブリックビーチを紹介します。

この二つにまったく共通点はないですが、生誕と死でなんとなくゴロがいいのでまとめて軽く紹介します笑

●生誕教会
生誕教会は、エルサレムからバスで30分ほどのベツレヘムにあります。
外観



内部



イエスが生まれたとされる場所



ちなみにイエスの墓とされるところも、この生まれた場所も、キリスト教が広まった後に、時の権力者がここだと断定して教会をつくっただけなので、正確な場所だとはいえないでしょう。
もっとも事実かどうかは重要でなく、長い年月の間キリストにまつわる場所として信じられてきたことで、神聖な場所になっているといえるでしょう。

●死海



死海とはイスラエルとヨルダンの国境にある湖で、いくつかの川は湖に流入するものの、出ていく川はなく、太陽による蒸発により水がでていきます。そのため、蒸発しない塩分の濃度が非常に高くなっており、そのため簡単に浮くことができる湖として有名です。

エルサレムから長距離バスで2時間ほどいったエンゲディというところにパブリックビーチがあり、無料で利用できます。もう少しいったところに有料のビーチもあるらしく、そこでは温泉や泥パックが利用できるらしいです。


この通り簡単にうきます。




本も読めます。




うっすらと向こう岸のヨルダンが見えます。

あまりに簡単に浮くので、簡単に水の流れに流されます。昔ながされてヨルダンまで行ってしまった人がいるとかいないとか。

この死海では、死海文書という世界最古のキリスト教の聖書が見つかり聖書学会を驚かせたとか。

死海は近年の気温上昇のためか、干上がってしまうのではないかとの懸念がでているらしいです。
そんなすぐとかの話ではないとは思いますが、なかなかこの浮かぶ体験は面白いものなので、死海がなくなる前に是非体験してみてはどうでしょう!

それでは、イスラエル編をおわります。
次回からヨーロッパ編です。お楽しみに。

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テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

旅行者の目線でみるパレスチナ紛争~エルサレム@世界一周27日目~
イスラエルに行くといったときに、よく言われたのが、「大丈夫?危なくない?」という言葉。
実際に外務省の海外情報のページでは、ガザ地区など紛争が頻繁に起きている地域では、渡航の延期を勧めていたり、エルサレムでも十分注意を要する旨の記述がなされている。
日本のニュースでは、イスラエルや中東地域というのは、イスラーム原理主義者やパレスチナ解放を目指す活動家によるテロがよく報道される地域であり、きな臭い印象ばかりを覚えるだろう。

しかし、一旅行者としてエルサレムを訪れた印象では、ここはちょっとセキュリティが厳しいくらいの観光地といったところ。
もちろんたまたま私が危ない目に遭わなかったからで、何ら客観的情報ではないですが、少なくとも日常的に何らかの身の危険を感じるような街ではありません。


それでもやはり、この地はパレスチナ問題という世界でもっとも注目されている問題を抱えているとうことの片鱗を随所でみることができました。
今回はそれらを紹介したいと思います。

●露天のTシャツに見られるパレスチナ



エルサレム旧市街地図

エルサレム旧市街は、昔から民族・宗教により、だいたい居住区が決まっています。
東欧などの都市でも、だいたいユダヤ人地区があったりするのと同様で、おそらく自然発生的なものでしょう。



アラブ人地区


ユダヤ人地区

ごらんのように、アラブ人地区は露店がところ狭しと並び、非常に雑多だが活気のある印象の町並み。
ユダヤ人地区は、非常に閑静なたたずまいです。もちろんユダヤ人街でも商店があるところにいけばもう少しごちゃごちゃした感じにはなりますが。

私は、それぞれの地区で売られている物に注目しました。

アラブ人地区



パレスチナに自由を!Tシャツ
ユダヤ人地区



穏健なTシャツばかり

アラブ人地区では、売っているTシャツにも、反イスラエル政府的なものがかなり多く売られています。
一方でユダヤ人地区では、I Love Jerusalem とかキティのTシャツとか、無難な感じ。
すんでいる地区により住民の意識が全然違うのだなということを実感しました。


●一般アラブ人のイスラエル国家への帰属意識
アラブ人地区の薬屋で歯磨き粉を買いました。
そこの店員はアラブ人の女性で、買うときに「日本人ですか?日本好きですよ!」と言ってくれました。
私も「イスラエルはいい国ですね」と言いかけたのですが、彼女に「ここはアラブ人地区なのを知ってますか?」と言われ、「エルサレムは興味深いところですね」と言葉を変えた。
彼女にとってイスラエルは故国ではないのだろう。
イスラエル政府はこういう人たちを国家に”統合”していく必要があるのだろうが、後述するように”分離”の方向に進んでいるから、ますます意識のかいりが起きるという悪循環が進んでいるように思える。


●平和を求めるエルサレム住民
聖墳墓教会の近くにて


we need peace!
とかき殴られている。
多様な宗教や人種をなんとか統合しているインドのような民主主義が実は欧米の民主主義よりも今後は参考になる時代がくるのかもしれない。
民族自決の精神は、キリがないことを、この地は強く示している。

・嘆きの壁にて
嘆きの壁は、昔から壁の隙間に願い事をかいた紙をはさむと願いが叶うとされているそうです。
オバマ大統領もイスラエル訪問時にここに紙をはさんだとか。



その中のある一枚の紙に、世界が平和になるようにと、かかれていました。
人類の歴史において常に紛争の的になっていたエルサレムで、かつ今エルサレムを支配しているユダヤ人の統合の象徴である嘆きの壁で、平和を祈る紙が挟まれていることは、非常に感慨深かったです。

もっとも嘆きの壁の近くには、軍人がたくさんいます。
驚くことに半数は、若い女性のようで、この国は女性も徴兵されているのでしょう。



イスラエルの女性兵士

写真に見られるように、イスラエル政府の軍事力を背景にエルサレムは平和を保っているのは間違いない事実です。
パックス・アメリカーナみたいに、パックス・ユダヤーナとでもいいましょうか。
この地は昔から、力が強い者が支配してきたという点から、どの民族の土地ともいえない地です。
だからイスラエル政府が力でこの地を押さえていることは、従来のあたりまえの方法で平和を保ってるといえ、安易に批判できません。
でもそのためにパレスチナ側も力で抗するしか方法がないわけで、暴力の連鎖につながっているともいえます。

ゆるやかな統合に、この地が舵をきることができればいいのですが。


●パレスチナ分離壁
エルサレムからバスで30分ほど行った場所に、ベツレヘムという街があります。ここはイエスが生まれたとされる地で、その地には生誕教会という教会があり、有名です。

ここはヨルダン側西岸のパレスチナ自治区です。そのためエルサレムとは違い、完全にアラブ人の街で、街にはアラビア文字が踊っています。


ベツレヘムの街の光景

ベツレヘムのバス停におりて、ヘブロン通りを北に10分ほど進むと、そこには大きな壁があります。
パレスチナ自治区を隔離する、悪名だかい分離壁です。



高くそびえる監視塔




延々と続く壁

この壁による分離は、イスラエルによるアパルトヘイトとも呼ばれているそうです。
私は後にベルリンにいき、ベルリンの壁と元チェックポイント(唯一東と西を行き来できる場所で、交通制限がなされていたところ)を見てきましたが、まさに悲劇的な場所でした。
イスラエル政府は壁とチェックポイントによってパレスチナ人の移動の自由を制限しているので、どの程度の制限が課されているのかはわからないのですが、まさにベルリンの壁の悲劇をこの地で繰り返そうとしているように思えます。

それでは次回は、紹介しきれなかったベツレヘムの生誕教会と死海を紹介して、イスラエル編を終わろうと思います。
長文をお読みいただきありがとうございました。

テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

神の宿る街~エルサレム@世界一周26日目~
ヨルダンのアンマンからイスラエルのエルサレムにやって参りました。
エルサレムと聞けば、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教の聖地であるとか、イスラエル政府とパレスチナの紛争の舞台である、というイメージとか、様々なイメージがあるでしょう。
今回はまず、エルサレムの聖地としての面に着目して紹介していきたいと思います。

イエスが歩き、そして処刑にいたった道

キリスト教の最大の預言者にして神の子であるイエスはこのエルサレムの地で、ローマ提督ピラトにより処刑されました。
そのため、エルサレムはイエスが人間の原罪を購った場所として最大の聖地になっています。

最大の見所は、イエスが磔の刑を宣告されて、十字架を担ぎ歩いた道と、処刑されたゴルコタの丘にたっている聖墳墓教会でしょう。
キリストが最初に十字架の重さに耐えられず、倒れた地



キリスト教信者が賛美歌を歌いながらその地を巡る



聖墳墓教会



聖墳墓教会 キリストの墓



ロウソクを灯し、祈る人々楔を打ち込まれたところ、息を引き取ったところ、などそれぞれ重要な出来事が起きた場所に、教会は祭壇をもうけている。

キリストの墓は、今までいったどんな教会や宗教的遺跡よりも神々しさを感じる場所であった。
ある男の死んだ場所が2000年もの間人々を引きつけ、そして死んだ後に彼の言説が大きな文化を形成したことは興味がつきないことだ。

イスラエルの後、ヨーロッパ各地のキリスト教の宗教絵画をみたが、特に磔の絵は、ここを訪れたこともあり、より自分の中でイメージを描けることができるようになり、深く鑑賞できるようになった気がする。



ムハンマドが天に飛び立った第三の聖地




元々ユダヤ教の神殿が建っていた場所に、建てられた岩のドーム。
現在ムスリム以外は内部に入れず、また岩のドームがある神殿の丘に入れる時間も、非ムスリムは制限されている。

内部にある岩は、預言者ムハンマドが天空に旅立った場所とされ、ムハンマドの足や天使の手のあとなどが残っていたり、また全部抜けると世界が終わるとされている杭がうちこまれているなど、非常にミステリアスで興味が引かれる場所。
入ってみることができないので、キリストの墓で感じたような神々しさなどはあまり感じられない。

どこにいくのもセキュリティーチェックが厳しいイスラエルにおいて、ムスリムはここに入るのにほとんどチェックがなさそうであった。(非ムスリムのチェックは厳しい。)
自分たちの宗教施設へのテロはないだろうとふんでのことだろうか。



ユダヤ人離散の悲劇の象徴




嘆きの壁とは、もともとユダヤ教の神殿があった丘の西の壁のことで、そのためWestern Wallとも呼ばれる。
ローマにより神殿が破壊された後は、ユダヤ人はこの地に一度しかくることを許可されず、帰郷の夢を抱きつつここに祈りにきていたそうだ。
また、ここは1948年からはヨルダンの管理下にあったが、1967年の6日間戦争でイスラエル領となった。ユダヤ人にとっての最大の願いがそのときかなったということだろう。




独特の作法で祈りを捧げるユダヤ人イスラエル国家にとっての最大のユダヤ人国民統合の象徴はこの地なのだろう。
そのため、周辺にはユダヤ人がいかに苦難の道を歩み、そしてついに念願の地エルサレムに帰ってこられたか、ということを説明する施設がたくさんあるようだ。

また嘆きの壁周辺はユダヤ人地区になっている。
普段ユダヤ人というと大富豪とか迫害にあっているといった程度の印象くらいしか日本人は持っていないと思うが、この地区をめぐるとよりユダヤ人の生活がおぼろげながら具体的に見えてくる。
子供たちは、サッカーをするときもユダヤ人特有の平べったい帽子を被っているであるとか、もみあげをはやして山高帽を被って生活している人が意外なほど多いであるとか。
アラブ地区とは全然違う雰囲気で、その比較がまたおもしろい。


それでは、次回はイスラエルの負の面であるパレスチナ紛争の痕跡を旅行者の目線から、みていきたいと思います。


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

国境越えは難攻不落?~ヨルダン・イスラエル国境@世界旅行26日目~
治安が非常に不安視されるイスラエル。
少し前までテロが頻発し、また依然としてユダヤ人とパレスチナ人の対立が終わってはいない国です。

そんなきな臭い国であるため、国境を越える際に、様々なチェックを受けます。

10:00 アンマンの宿発
11:00 国境着
11:30 ヨルダン川出国審査
12:00 ヨルダン発のバスにのりこみ、途中キングフセイン橋という橋をわたり、イスラエル側へ。



荒野の緩衝地帯をバスで走る。

このキングフセイン橋、たいしたことない小さな橋なのですが、日本のODAでできたそうです。
ヨルダンとイスラエルは対立していたから、第3国が橋をかけることで、友好関係を促進しようとしたのかもしれません。
その功があったのかわかりませんが、多くの中東諸国がイスラエルにいった旅行者の入国拒否をしているなか、ヨルダンはそんなことはなく、一応の友好関係をイスラエルと結んでいるようです。

12:40 イスラエル側荷物検査



13:00 入国審査
旅の目的、ホテル、帰りのチケットの有無、イスラエルに友人はいるか、などを聞かれる。
数々のウェブサイトでは、ここの質問を執拗にされ、また検査官の態度が非常に無礼だと聞いていましたが、私は優しそうな若い女性で非常に和みました笑
時と場合によるのでしょう。
13:10 指紋・写真採取。今度は気だるそうなお姉さん。
13:20 終了。出口へ。
13:45 出口で小型バスにのり、エルサレムのダマスカス門へ。12ドルもしました。



イスラエル側の審査は1時間もせずにおわってしまいました。意外とあっけない。
ほかのブログなどでは、その他に空気が上からでてくる謎の機械に入れられたりとかしたと書いていたのですが、そんなものもなかったです。
簡略化したんでしょうか。

もっとも、私はすんなり出口までたどりつけたものの、私と一緒に行動していたオーストラリア人は、なかでてこず、結局私は待ちきれずエルサレムに行ってしまったのでいつ解放されたかはわかりませんが、人によってはものすごく長い時間拘束されることもありそうです。
入国の際は出るチケットを用意したり、質問の答えを考えておくなどきちんと準備したほうがいいかもしれませんね。


それでは次はついに、聖地エルサレムのレポートを行おうかと思います。どうぞお楽しみに。


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

ペトラ遺跡の鐘の音、諸行無常の響きあり。~ペトラ@世界一周24日目~
ヨルダンのアンマンから車で3時間ほど南にあるペトラ遺跡にいって参りました。
ペトラ場所


ペトラ遺跡とは
以下ウィキ引用
紀元前1200年頃から、エドム人たちがペトラ付近に居住していたと考えられている。エドム人たちの詳細は不明である。

立地条件の良さのため、紀元前1世紀ごろから、エドム人達を南へ追いやったナバテア人達が居住しはじめる。ナバテア人はアラビア付近の貿易を独占。それにともないペトラも古代ナバテア人の有力都市として栄えた。

紀元前64年から紀元前63年ごろ、ナバテア人はローマの将軍、ポンペイウスにより、その支配下におかれる。ローマは、ナバテアの自治は認めたものの、税を課した。また砂漠から進入してくる異民族の緩衝地帯とした。また、ローマ風の建築物の造営がこのころ始まった。

106年には、ローマ皇帝トラヤヌスによりペトラとナバテア人はローマのアラビア属州として完全に組込まれる。

1812年、スイス人の探検家、ルートヴィヒ・ブルクハルトが、十字軍以降、最初にヨーロッパへ紹介した。

引用以上

中東でもしかしたら一番壮大な遺跡といえるかもしれません。



大きな岩肌に囲まれた道を進んでいくと・・・



遺跡が徐々にその姿を現す



全貌。ペトラ遺跡でもっとも有名な神殿。
非常に精巧な作りで、優美な雰囲気を醸し出すあるなんとか?




この遺跡は、映画インディジョーンズの撮影にも使われたようです。
映画で使われたらしきフックが残っていました。



山の上からの眺め



王家の墓




あともう一つ、大きな遺跡があったらしいのですが、今回は滞在が4時間ほどしかなかったため、たどり着けませんでした。
全部まるまるみようとしたら2日くらい必要な巨大な遺跡です。
そのへんで待機しているらくだなどに乗り、ゆっくりみて回るのがよいのでしょう。
この遺跡は非常に大きく、ヨルダンの随一の観光名所となっています。
国の成り立ちから考えると難民が人口の7割を占めるように、必ずしも確固とした国民としてのアイデンティティを持ちにくいだろう国、ヨルダン。
この遺跡は、ヨルダンの国王についで、ヨルダン”国民”にとってアイデンティティの核となっているのかもしれません。

非常に壮大な遺跡にも関わらず、いつの間にか滅び、発見されるまでひっそりとたたずんでいただろうペトラ遺跡。
平家物語にいう、”諸行無常の響き”を感じずにはいられませんでしたが、1000年の時を超えて、国民のアイデンティティの核となっていき続けてるだろうことが非常におもしろいです。

今の日本で行われていること、自分がやっていくだろうことが、1000年というスパンで考えて、国に、世界に、何かを残すことができるのだろうか、なんとなく考えさせられました。


それでは次はイスラエル編です。
お楽しみに!

テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

遊園地から片田舎へ~アンマン@世界一周23日目~
記事に書いたシャルジャ空港から、ヨルダンの首都アンマンにエアアラビアで飛びました。98ドル。
4時間1万円が相場といわれるLCCでは、模範的な値段か。





アンマンの小さい空港から、宿へは宿に頼んでおいたお迎えの車で。1時間ほどで20JD(ディナール)=2600円ほど。ちょっと高い。
アンマンから街までは何もない。砂漠っぽいところを通り、少しずつ街が見えてくる。シャルジャ空港からドバイまで東京以上に綺麗な高速道路が通っていたこととは非常に対照的である。



宿は1泊5JD(650円)のドミトリー。
ドバイで5000円くらいの宿に泊まってたことを考えると大きな落差である。



ヨルダン・ハシミテ王国の首都アンマンは、ヨルダンの4分1の人口を抱える都市だそうだ。近代的なビルもある一方で、基本的には雑然としたアラブの田舎といった風だ。



アンマンは連なった丘にできた街だが、中東戦争による難民が流入し、丘という丘に人が住んでいるような印象だ。
なんとヨルダンの人口の7割は、パレスチナ難民らしい。
このことは、次に向かったイスラエルとの関係で考えるとおもしろい。


アンマン自体ははっきり言って見所はあまりない。
ローマ帝国時代やウマイヤ朝時代の支配を受けているので、それに関連した遺跡はでている。



ローマ時代の石柱(ヘラクレス神殿)



ローマ時代劇場



丘の上のモスク

といったところだが、中東やヨーロッパは、これより更に大規模な遺跡がゴロゴロしてたりするので、なんとも迫力不足。
しかも3時間もあれば全部見所は回れるでしょう。

ヨルダンは、イスラムの戒律もものすごく厳しいわけではないらしい。
モスクでの祈りもあまり熱が入っていない印象。

っていうか寝てるのでは・・・?





こういう祈り方なのかもしれませんが、どうみても寝てるようにしか見えません笑

こんなゆるーい場所でしたが、翌日にいったヨルダンのペトラ遺跡はなかなかの迫力でした。
次回ペトラ遺跡をレポートします!

それでは!


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

世界の遊園地~ドバイ@世界旅行21,22日目~
今回っているところはどこなのか、場所を、地図で示して欲しいという要望があったので、今回から示しますね。
GoogleMAPをiPhoneですぐ編集できて便利!




ドバイを回ってみた感想としては、「ここは世界の遊園地だ!!」ということ。
まずは難しいことは抜きにして、ババンとドバイの遊園地っぷりを写真とともに紹介します。




日本の企業が受注して作っている地下鉄。
まだ20数駅のうち10駅ほどが開業中。
地下鉄にはゴールドクラス車両なるものがあって、料金を二倍はらえば、新幹線みたいな席に座れる。
大した距離をはしるわけじゃないのに、このようにわけても乗っている人がいるのは興味深い。

日本でも混雑が嫌な人向けに作るというのも面白いかも。


男性が女性を四人連れて出かけている図。
アラブ特有の一夫多妻制か!!!?




とおもったら違うらしい。奥さんが揃って出かけることはあり得ないらしく、おそらく三人姉妹が出かけるのに、そのうちの一人の夫が付き添っているだけだろうとのこと。


砂上の楼閣?ブルジュドバイ。
800メートルほどで、高さ世界一!
一番上までなんとエスカレーターで一分で行けるらしい。
来年一月開業で、ホテルとオフィスとマンションになるそうだ。


ブルジュドバイの近くには巨大モール。ドバイにはあちこちにモールがある。
中には写真のように水族館があったり、


スケート場があったり、


映画館があったり。
世界のポニョはドバイでも人気!

ドバイには他にも屋内スキー場があったり、ビーチもあります。
この狭い地区で何でもできちゃう。


ドバイのもともと発展の拠点だった運河。
昔は中東の港はイランあたりが使われていたが、そこが関税をかけ始めたので、イギリスなどがここドバイを拠点にし始めて、ドバイはすこしずつ大きくなっていった。



運河には、バスタキアという昔ながらのアラブの雰囲気を残してきれいにした地区もある。



七つ星ホテルと称されるアルアラブ。首長の親戚が運営してるから、七つ星に価するということらしい。
部屋の中にバーがあったりしてひたすら広いらしく、料金は一泊10万円くらいとか。





ヤシの木の形をした人工島の先端にあるホテル。
この島には、別荘もたくさんあり、ベッカムがひとつ所有しているとのこと。


イスラム国だけど、豚を買えます。
外国人をたくさん連れてくるためにこういう細かい配慮が大事なのでしょう。
お酒も免許制ですが、ホテルなどで販売できます。

子供の頃、私はサウジアラビアに住んでいたのですが、そこでは酒も豚も一切禁止で、見つかると宗教警察につかまるほどの徹底ぶりでした。
ドバイは非常に寛容。


ゴルフ場もあります。1プレー5000円くらいで安いそうです。

また、下世話な話ですが、高級ホテルでは、風俗嬢が集まるバーがあるらしく、性的に抑圧的な他のアラブ諸国の男性がよくくるそうです。


以上見てきたように、ドバイはエンターテイメント要素満載な都市でした。
そのうちカジノやディズニーランドでもできるのではないでしょうか?笑

こんなエンターテイメント的な面にくわえ、中東の金融の中心地でもあるから、遊べてかつ仕事もできる場所としてドバイは人気があるのでしょう。
一部のヨーロッパ人は寒い冬に、わりと近場のドバイにきて、仕事をして、リゾートも楽しむ暮らしをするそうです。

それでは今後、ドバイの発展の理由、現状、そして将来についての考察をしたエントリを書きます。次回の旅行記は、ヨルダン編です。お楽しみに!

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ドバイの裏口~シャルジャ@世界旅行20日目~
飛行機は、中東のLCCの代表格エアアラビア。4時間のフライトでだいたい一万円ほど。
正確にいえば、ドバイの横の首長国である、シャルジャの空港に降り立ちました。


普通ドバイに行く時は、ドバイにあるドバイ空港を使いますが、LCCが降り立つのはこのシャルジャ空港。

そのため、この空港におりたつのは、ドバイに出稼ぎにきたインド人労働者のような人々ばかりでした。
ドバイの経済を陰で支える人々を呼び込むドバイの裏口のような空港で、実際にLCCのエアアラビアは、出稼ぎにやってきそうなあまり有名ではないインドの地方にも就航しているようです。

この描写は、「格安エアラインで世界一周」に書かれていて、実際にその様がみれて、興味深かったです。

格安エアラインで世界一周 (新潮文庫)格安エアラインで世界一周 (新潮文庫)
(2009/06/27)
下川 裕治

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貧乏旅行の本をよく書いていて有名な下川氏の本。最近台頭しつつあるLCCを使って2週間でいくらで世界一周ができるのか試している実験的な本。
旅情などはおかまいなしで、とにかくどの便が安くてどのように探したかなどがたんたんと書かれていて、たまにLCCの社会的考察などが入っていておもしろい。
読み物として面白いかは微妙なところだが、LCCを使って旅行をしようと考えている人は一読の価値はあると思う。



空港からドバイ中心地の方まで、だいたい80デュルハム(2000円)くらい。
いままで、リキシャーを100円だ200円だ!と値切ってた世界とは大違いで、もちろん交渉などなく完全メーター制。

発展する地域に行けば行くほど、ドライバーや売り手との関係はドライになっていきます。

メーターみたいにキチッときまったものよりも、交渉のほうが、ぼられることもありますが、実は総じて需給関係をうまく反映して、安くすむのかもしれませんね。

それでは、次回は有名なブルジュドバイなどの見所を紹介していきます。

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デリー@世界旅行19,20日
インドの最終目的地デリーには夜行列車に乗って向かいました。
同じコンパートメントに座っているのが、韓国人、ロシア人、スペイン人、モーリシャス人とものすごく多様で面白いです。



電車のドアの前の地べたで眠るインド人。寝台のチケットがないのだろうか。
通路とかあらゆるところかでインド人は寝てました。



ちゃんとチケットがある人は、こんな寝台で寝られます。
寝台で一番安いSLというクラスだったので、布団とかも配られませんでしたが、簡易寝袋を持っていたので助かりました。11月のデリーは朝夜が冷えるので注意が必要!


ニューデリー駅につくと、なんと地下鉄がありました。
三年前に来た時は、地下鉄なんてほとんど走ってなかったのに、なかなかの進歩っぷりです。
日本の援助でできたとか。実はここにも、日本援助。

もっとも地下鉄のせいで、リキシャーやタクシーのおっちやんの雇用が減ったでしょう。
インドは経済拡大が著しいから雇用もあるとは思うので、大丈夫だとは思いますが。


コンノートプレイスというデリーの中心街にあるEmbassyというレストランで昼食。
インドはご飯が安いのが普通ですが、ここはやたら高かった!マトンカレーとタンドリーチキンとバナナラッシーで1200円くらいしました。インド人にとってはめっちゃ贅沢な食事。
そのぶんボリュームが多く、ものすごくカレーがマイルドで美味しかったです。
周りの客を見ると、ビジネスマン風のインド人が多く、ものすごい量を頼んでいたので、中流階層の人たちがくるのでしょう。
インドの中流階層の人は、ちょうど日本の製品の購買層なので、ふえつつある彼等のような中流階層の人々をとりこむ努力が必要でしょう。

さて、実はデリーは前回の旅行でも行ったことがあるので、全く観光してませんので、あまり書くことがないです。笑

もっとも在デリー日本大使館の方にお話をお聞きする機会がありましたので、また聞いた話もあわせてインドをまとめた記事をアップします。ポメラでかきつつあるので、しばしお待ちを。


さて、デリーから次はアラブ首長国連邦のドバイに飛びました。
次回からはアラブ首長国連邦編です。お楽しみに!

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母なるガンガー~バラナシ@世界旅行17日目~
ヒンドゥー教の聖地、バラナシ(バナーラス)に行きました。
バラナシはヒンドゥー教にとって聖なる川であるガンジス川(ガンガー)に面した街であり、ここに全インド中のインド人が集まり沐浴をし、また死ぬ時はここで火葬されます。

インドでタージマハルについで有名な場所かもしれません。




グルとよばれるヒンドゥー教の僧侶があちらこちらにいる。





早朝から多くの人が集まり、争うように沐浴をする。
宗教に大きな執着が一般的にはない日本人にとって新鮮な光景だと思う。
一方で、宗教に規定されていることの多い国は、それゆえに産業の発展という意味合いでは不利なのではないかとも思えてくる。
もっとも社会主義のようにラディカルに宗教を否定するのも問題が多いのは歴史的に明らかであるので、宗教と近代的合理性の両立を図っていくことがこの国では大事なのだろう。




毎晩ガンガーでは大きな祭がもよおされる。
川沿いの街が光り輝き、僧侶による火を用いて非常に幻想的。

インド人には苦渋を味合わされることが多々あるわけだが、それでもこの国に惹かれるのは、こんな独特な光景がみられるからかもしれない。




ガンガーの日の出。
燃えるような赤い太陽が美しい。日本ではなかなか見る機会のない、真っ赤な日の丸を異国の地でみることができた。




ガンガーの火葬場。ここは24時間365日、インド中から死体が運ばれてくる。中には西欧人もここに運ばれてくることもあるそうだ。
この地で火葬されたいため、ただ死ぬために来る老人も来るとのこと。それほどまでにインド人の精神的支柱になっているようだ。
ここでは、本当に死体が焼かれて川に投げ込まれる様を間近に見ることができる。
死が身近にない私のような現代日本人とっては、三途の川のような別世界に来た感覚を覚えた。


この地でもやはり色々なインド人に声をかけられた。
例えば火葬場では、また勝手にガイドが始まり、火葬される貧乏な人のためにチャリティとして火葬に使うマキ代を要求される。1kg=150ルピーするといわれるが、実際は数ルピーらしいので、そんなはらわなくていい。そもそも貧しい人に渡されているかも疑問ではある。

また、お金とか一切いらないからボランティアでガイドしてあげる、といってきた胡散くさいインド青年もいた。
ここで、うさんくさいから拒絶するのも手だったのだけど、このままインド人とコミュニケーションを取らずにバラナシ観光をするのもつまらないと思い、連れの友人にお金を含めた全ての荷物を預けてついていってみた。
これなら何も狙われるものがないので、堂々とついていけた。

お金をもたないでの寺院巡りはものすごく良かったです。お坊さんがお祈りしてくれて、お金をくれといってきても、一銭も持っていない旨を英語とジェスチャーで伝えるとしょうがないなあ、とそのまま祈りを捧げてくれた。
インドでの観光は、お金をほとんどもたないか、お金がほとんど入っていないダミーの財布を見せて旅するのが、いいかもしれません。

先ほどの青年はやはりただの善意者ではなくて、あとでシルク屋さんに連れて行かれたので商売人でしたが、なかなか自分では行きにくいバラナシの路地裏の名所を紹介してくれたので、総じて満足でした。

インド人の商売人と関わると何かしらのトラブルに巻き込まれることも多いので、自分で全部見るのもいいですが、このようにうまくリスクを抑えた上で話に乗って見るのも、インドの裏路地での人々の生活などの普段みれないところもみれたり面白いとおもいます。
是非恐れすぎることなく、インド人に積極的にアプローチしてみるのもオススメします!(犯罪などに巻き込まれないようにくれぐれも注意は必要ですが。)

次回はデリーおよび、インドの総括などを行えればとおもいます。

それでは!

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インドの逆襲2~ブッダガヤー@世界旅行16日目
ブッダガヤーからバラナシへの移動に関して、特筆すべきことがあったので、それをまず書きます。

最初の計画では、ブッダガヤー、バラナシ間は、電車で行こうと思っていました。
しかしコルカタで切符を買う時駅員が、ブッダガヤー-コルカタ間は短いからバスで行け、といったのでバスで行くことにしました。

また、ブッダガヤーの宿のオーナーも、「バスで行くのがいいから朝バス停まで送るよ。バスで4時間くらいかな。」と言っていたので、そうしようとしていました。

しかし、ブッダガヤーを離れる前日に、近くのネットカフェにいっていた所、そこの店主が、「バスでいくのは、やめた方がいい、早くても7時間以上は、かかるよ。明日はもうないけど翌々日の電車なら4時間で着くから電車代600ルピーとサービス代150ルピーくれたら予約しようか?」と申し出てくれました。
7時間も乗るのは嫌だったので、予定を変更して一度電車の予約をお願いしました。
事情を宿のオーナーに説明したところ、「あのネットカフェの店主は、悪いやつで自分のビジネスのために7時間以上もかかると嘘をついたんだ。電車代も200ルピーくらいだよ!だから予定どおりにいきな!」と憤慨し始めました。

まぁ、確かに宿のオーナーが嘘をついてまでバスを勧める理由もないから、きっとバスは早くつくんだろうなあ。まさか、長距離バス会社と結託なんて無理な話だろうし、と思い最終的に予定どおりバス会社で、行くことにしました。



結果。。。





満員電車のようなバスで移動すること10時間

車内は超大音量でインド映画が放映され、五月蝿くて眠れやしない。

しかも、バラナシまで到着せずに途中でおろされ、タクシーで途中から移動

という大惨事。

混み混みの車内の様子。




なんと宿のオーナーの親戚がバス会社をやっていたとのこと。。

インクレディブル インディア!!!

この国は簡単に予想の斜め上をいってくれるよ!!

この国で、知らない人からの情報はあてにならないことも多いです。
なので、誰を信じていいかわからないことが多々あります。
どうぞインド旅行をする際は、信用できる情報を手に入れて判断してください。

なんか、最後は日本大使館の旅行者への注意書きみたいになってしまいました笑

そんなところもインドらしいと思って旅行する度量を身につけるのが大事ですかねー

それでは次回はバラナシです。

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ブッダガヤー@世界旅行15日目
今現在、ドバイにいます。長らくWi-Fi環境がなかったので、書き溜めていたものを放出していきたいと思います!


さて、ブッダガヤーでの出来事の紹介をしたいと思います。




ブッダガヤーへは寝台列車で行きました。
値段はだいたい750ルピー(1500円)。
今乗っているデリー行きのは、寝台列車でも一番クラスが低いものなので、300ルピー(600円)。
インドでの移動は電車が楽で安いです。

さて、ブッダガヤーについて。
ブッダガヤーは、世界宗教仏教の創始者であるブッダが、悟りを開いた地として有名な所です。
そのため、この村の近隣にはブッダにまつわる場所がたくさんあります。
私は宿のオーナー(なんとインド人だが、アソウさんという名前笑)に誘われて、500ルピーでバイクで回ってもらいました。




インドの田園地帯をバイクでかける。大都市では見られない、田舎ならではの素朴でそして貧しい生活がそこで垣間見れました。


ブッダが六年間断食したとされる場所。


断食して、ヘロヘロになったブッダをスジャータという娘が見かけて、ミルク粥をあげたとされる。
写真はスジャータが生まれた村にあるスジャータを祀るストゥーパ(仏塔)



その後ブッダは、菩提樹の木の下で、悟りを開いたと言われます。
その後アショーカ王が、写真のマハーボディー寺院をたてたそうです。
戦後あたりまで砂に埋もれていたらしいが、イギリス人に発掘されたとか。
また寺院の裏にある木は、ブッダが悟りを開いた菩提樹の直系の子孫にあたるとされる。



様々な国の仏教徒が、この菩提樹に祈りを捧げに来ています。
それぞれの修行着や作法で祈りを捧げている様は、同じ宗教でも多様性があり非常に興味深い。




アソウさんにトトロの木として紹介された巨木。
商売のために日本人に受けそうな紹介をするものだと感心。
確かに相当な巨木だが、トトロの木のような趣はない。日立の「この木なんの木」と言われた方がピンとくる気も。


インドの乾期は相当厳しい。今は酷暑期ではないにも関わらず大河もご覧のように、砂漠のように干上がる。





インドの農村は相当に貧しい印象。土でできた建物に住み、農業や酪農に従事しているようだ。
前の記事で、インドのナショナリズムを刺激するとものすごい力がでるのではないかと書いたが、これらの貧しい人々を安い賃金で産業の生産にいかせれば、過去の日本や今の中国のように製造業の生産が大幅に伸びるのではないか。
安さに訴求した製品開発が、インドの強みになれる気がする。もっともそのためには、高度な教育が必要になるだろうが。




ブッダガヤーには、各国の寺院が建立されている。
日本寺もあり、毎朝、夜に日本人の和尚による読経をきけ、座禅が組める。
今来ているお坊さんは、20歳くらいの若い方で三ヶ月ほど前に任期二年で、志願して赴任して来たのだそう。
外国人も日本寺に多くの座禅をしにきているが、お坊さんが英語が話せず、全て座禅のし方を日本語で説明していたので、もったいない印象。
昔は、この日本寺のお坊さんが、日本語の学校を開き多くのインド人に日本語をおしえていたそうです。
ブッダガヤーで日本語が話せる人はここで日本語をならったと言ってました。このような施設が実は知日派を増やす拠点になっていたのかもしれません。


ブッダガヤー全体の感想

コルカタなどと違って、インドの田舎の側面が見られて興味深かった。
もっともさすがインド人というべきか、商売慣れしているのか、勝手に何かにつけてサービスを提供してきて、お金を請求してきます。
お代はあなたのお気持ちだけくださいといってきますが、小額だと少ないからもっとといってくるので、気持ちのいい取り引きができないかもしれませんが、そこはわりきる必要があるかもしれません。


それでは次回はヒンドゥー教の聖地、バラナシを中心にお送りいたします。

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インドの逆襲~コルカタ@世界旅行13日目~
現在のインターネット環境ではなぜか、画像が送れないので、テキストのみでお送りします。


インドって意外といい人ばっか!


っと以前の記事で書きました。




が、さすが、インド。してやられました。

今回はインドから受けたしっぺ返しを中心にお送りします笑


コルカタという都市名は、カーリーというヒンドゥー教の女神(シヴァ神の妻)の家という意味
だそうです。

なのでこの語源となった、カーリー女神を、祀っているカーリー女神寺院にいってきました。
カーリー女神寺院の前はなんとなくスラムな雰囲気。その辺で寝てる人がやたら多い。

カーリー寺院入り口につくと、ますます怪しさが出てくる。

ここで、ガイドらしき男につかまり、中を色々案内される。
まぁチップ目的だろうけど、説明聞きたいし50ルピー(100円)くらいあげればよいなーと思ってました。

そして、寺の沐浴する池につれていかれ、お祈りするから、一人ずつこっちにこいと言われたので少し離れたところにある、白い像に向かいました。


そこで、自分や家族の幸福についてのお祈りをしてもらいました。
地元の人のお祈りが見れて面白いなーと思っていたところ•••


「この寺は貧しい人にご飯を出しているからチャリティーで、お金払ってください。」、と言われる。

差し出されたノートには、払った人の名前と金額が書いてあり、一番安くて500ルピー(1000円)、高くて2500ドル支払われていました。(2500ルピーの書き間違いだったと信じたい!)

常識的に考えて、200ルピーが限度でしょ、と思い、200と書いたら、誰もそんな小額払ってないだろと二人掛かりで詰め寄ってきた。もういっこゼロ足せ!とかいって来る始末。

こりゃ参ったなと思い、じゃあ一番低い値段の500と書いたら、この500と書いた人は、お供えに使った花とかの値段でチャリティー代じゃないと、言い始めました。
どう考えても嘘なので、ホテルにほとんどの金をおいて来たから払えないといいのがれましたが、少なくとも500は払えるんだなと言われ、帰してくれなそうだと思い、500ルピー払って、解放してもらいました。


連れの友人は1000ルピー払ってしまったそうです。


そのあとも、チャリティー代とは別にガイド代としてもう500払えと言って来たりして、非常にうざったかったです。(当然強く断りました。)

あとでふりかえれば、明らかにバカな罠にハマっていたわけですが、ガイドしてもらったから悪いなと一瞬思ってしまい、判断力が鈍ったりするので気をつけてください。
ブッダガヤーでも思ったことですが、インドでは本来いい人でも、お金がかかると自分が儲かるように仕向けるくせが多少あると思うので、その辺はうまく自分で情報収集して、相手の情報に騙されないように、すべきです。
特にここ1、2年でインドの物価はかなり上がったらしいこで、最新ガイドブックやウェブなどで最新情報があるとよいとおもいます。


それでは次回はブッダが悟りをひらいたブッダガヤーについて書きます!
それでは!

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