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Policy Creator!
某官庁1年生行政官が様々な面において政策を考えるブログです。世界各地の情勢、ITの進化、経済状況、書評等を通して主に政策の批評、提案を書き連ねていきます。 2009年10月半ばから2か月ほど世界一周をする予定なので、そのレポートも行います。
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Gichou

Author:Gichou
某官庁、行政官1年目のGichouです。
今年の4月から国家公務員として働き始めました。世界の情勢について、官庁について、IT事情についてなど自分なりの視点で書き綴って参ります。
興味の範囲が、経済政策、新ビジネス、世界・日本旅行、iPhone,iPadなどのガジェットなので、これらについて話題が豊富な予感。
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生と死を見つめて~生誕教会・死海@世界一周28日目~
最近更新が滞っていてすみません。
今現在は私はパリにいます。
Twitterのほうは随時更新しているので、よければそちらもご覧ください。

http://twitter.com/gichou


さて、今回は紹介しきれなかった、ベツレヘムの生誕教会と、死海のエン・ゲディにあるパブリックビーチを紹介します。

この二つにまったく共通点はないですが、生誕と死でなんとなくゴロがいいのでまとめて軽く紹介します笑

●生誕教会
生誕教会は、エルサレムからバスで30分ほどのベツレヘムにあります。
外観



内部



イエスが生まれたとされる場所



ちなみにイエスの墓とされるところも、この生まれた場所も、キリスト教が広まった後に、時の権力者がここだと断定して教会をつくっただけなので、正確な場所だとはいえないでしょう。
もっとも事実かどうかは重要でなく、長い年月の間キリストにまつわる場所として信じられてきたことで、神聖な場所になっているといえるでしょう。

●死海



死海とはイスラエルとヨルダンの国境にある湖で、いくつかの川は湖に流入するものの、出ていく川はなく、太陽による蒸発により水がでていきます。そのため、蒸発しない塩分の濃度が非常に高くなっており、そのため簡単に浮くことができる湖として有名です。

エルサレムから長距離バスで2時間ほどいったエンゲディというところにパブリックビーチがあり、無料で利用できます。もう少しいったところに有料のビーチもあるらしく、そこでは温泉や泥パックが利用できるらしいです。


この通り簡単にうきます。




本も読めます。




うっすらと向こう岸のヨルダンが見えます。

あまりに簡単に浮くので、簡単に水の流れに流されます。昔ながされてヨルダンまで行ってしまった人がいるとかいないとか。

この死海では、死海文書という世界最古のキリスト教の聖書が見つかり聖書学会を驚かせたとか。

死海は近年の気温上昇のためか、干上がってしまうのではないかとの懸念がでているらしいです。
そんなすぐとかの話ではないとは思いますが、なかなかこの浮かぶ体験は面白いものなので、死海がなくなる前に是非体験してみてはどうでしょう!

それでは、イスラエル編をおわります。
次回からヨーロッパ編です。お楽しみに。

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テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

旅行者の目線でみるパレスチナ紛争~エルサレム@世界一周27日目~
イスラエルに行くといったときに、よく言われたのが、「大丈夫?危なくない?」という言葉。
実際に外務省の海外情報のページでは、ガザ地区など紛争が頻繁に起きている地域では、渡航の延期を勧めていたり、エルサレムでも十分注意を要する旨の記述がなされている。
日本のニュースでは、イスラエルや中東地域というのは、イスラーム原理主義者やパレスチナ解放を目指す活動家によるテロがよく報道される地域であり、きな臭い印象ばかりを覚えるだろう。

しかし、一旅行者としてエルサレムを訪れた印象では、ここはちょっとセキュリティが厳しいくらいの観光地といったところ。
もちろんたまたま私が危ない目に遭わなかったからで、何ら客観的情報ではないですが、少なくとも日常的に何らかの身の危険を感じるような街ではありません。


それでもやはり、この地はパレスチナ問題という世界でもっとも注目されている問題を抱えているとうことの片鱗を随所でみることができました。
今回はそれらを紹介したいと思います。

●露天のTシャツに見られるパレスチナ



エルサレム旧市街地図

エルサレム旧市街は、昔から民族・宗教により、だいたい居住区が決まっています。
東欧などの都市でも、だいたいユダヤ人地区があったりするのと同様で、おそらく自然発生的なものでしょう。



アラブ人地区


ユダヤ人地区

ごらんのように、アラブ人地区は露店がところ狭しと並び、非常に雑多だが活気のある印象の町並み。
ユダヤ人地区は、非常に閑静なたたずまいです。もちろんユダヤ人街でも商店があるところにいけばもう少しごちゃごちゃした感じにはなりますが。

私は、それぞれの地区で売られている物に注目しました。

アラブ人地区



パレスチナに自由を!Tシャツ
ユダヤ人地区



穏健なTシャツばかり

アラブ人地区では、売っているTシャツにも、反イスラエル政府的なものがかなり多く売られています。
一方でユダヤ人地区では、I Love Jerusalem とかキティのTシャツとか、無難な感じ。
すんでいる地区により住民の意識が全然違うのだなということを実感しました。


●一般アラブ人のイスラエル国家への帰属意識
アラブ人地区の薬屋で歯磨き粉を買いました。
そこの店員はアラブ人の女性で、買うときに「日本人ですか?日本好きですよ!」と言ってくれました。
私も「イスラエルはいい国ですね」と言いかけたのですが、彼女に「ここはアラブ人地区なのを知ってますか?」と言われ、「エルサレムは興味深いところですね」と言葉を変えた。
彼女にとってイスラエルは故国ではないのだろう。
イスラエル政府はこういう人たちを国家に”統合”していく必要があるのだろうが、後述するように”分離”の方向に進んでいるから、ますます意識のかいりが起きるという悪循環が進んでいるように思える。


●平和を求めるエルサレム住民
聖墳墓教会の近くにて


we need peace!
とかき殴られている。
多様な宗教や人種をなんとか統合しているインドのような民主主義が実は欧米の民主主義よりも今後は参考になる時代がくるのかもしれない。
民族自決の精神は、キリがないことを、この地は強く示している。

・嘆きの壁にて
嘆きの壁は、昔から壁の隙間に願い事をかいた紙をはさむと願いが叶うとされているそうです。
オバマ大統領もイスラエル訪問時にここに紙をはさんだとか。



その中のある一枚の紙に、世界が平和になるようにと、かかれていました。
人類の歴史において常に紛争の的になっていたエルサレムで、かつ今エルサレムを支配しているユダヤ人の統合の象徴である嘆きの壁で、平和を祈る紙が挟まれていることは、非常に感慨深かったです。

もっとも嘆きの壁の近くには、軍人がたくさんいます。
驚くことに半数は、若い女性のようで、この国は女性も徴兵されているのでしょう。



イスラエルの女性兵士

写真に見られるように、イスラエル政府の軍事力を背景にエルサレムは平和を保っているのは間違いない事実です。
パックス・アメリカーナみたいに、パックス・ユダヤーナとでもいいましょうか。
この地は昔から、力が強い者が支配してきたという点から、どの民族の土地ともいえない地です。
だからイスラエル政府が力でこの地を押さえていることは、従来のあたりまえの方法で平和を保ってるといえ、安易に批判できません。
でもそのためにパレスチナ側も力で抗するしか方法がないわけで、暴力の連鎖につながっているともいえます。

ゆるやかな統合に、この地が舵をきることができればいいのですが。


●パレスチナ分離壁
エルサレムからバスで30分ほど行った場所に、ベツレヘムという街があります。ここはイエスが生まれたとされる地で、その地には生誕教会という教会があり、有名です。

ここはヨルダン側西岸のパレスチナ自治区です。そのためエルサレムとは違い、完全にアラブ人の街で、街にはアラビア文字が踊っています。


ベツレヘムの街の光景

ベツレヘムのバス停におりて、ヘブロン通りを北に10分ほど進むと、そこには大きな壁があります。
パレスチナ自治区を隔離する、悪名だかい分離壁です。



高くそびえる監視塔




延々と続く壁

この壁による分離は、イスラエルによるアパルトヘイトとも呼ばれているそうです。
私は後にベルリンにいき、ベルリンの壁と元チェックポイント(唯一東と西を行き来できる場所で、交通制限がなされていたところ)を見てきましたが、まさに悲劇的な場所でした。
イスラエル政府は壁とチェックポイントによってパレスチナ人の移動の自由を制限しているので、どの程度の制限が課されているのかはわからないのですが、まさにベルリンの壁の悲劇をこの地で繰り返そうとしているように思えます。

それでは次回は、紹介しきれなかったベツレヘムの生誕教会と死海を紹介して、イスラエル編を終わろうと思います。
長文をお読みいただきありがとうございました。

テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

神の宿る街~エルサレム@世界一周26日目~
ヨルダンのアンマンからイスラエルのエルサレムにやって参りました。
エルサレムと聞けば、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教の聖地であるとか、イスラエル政府とパレスチナの紛争の舞台である、というイメージとか、様々なイメージがあるでしょう。
今回はまず、エルサレムの聖地としての面に着目して紹介していきたいと思います。

イエスが歩き、そして処刑にいたった道

キリスト教の最大の預言者にして神の子であるイエスはこのエルサレムの地で、ローマ提督ピラトにより処刑されました。
そのため、エルサレムはイエスが人間の原罪を購った場所として最大の聖地になっています。

最大の見所は、イエスが磔の刑を宣告されて、十字架を担ぎ歩いた道と、処刑されたゴルコタの丘にたっている聖墳墓教会でしょう。
キリストが最初に十字架の重さに耐えられず、倒れた地



キリスト教信者が賛美歌を歌いながらその地を巡る



聖墳墓教会



聖墳墓教会 キリストの墓



ロウソクを灯し、祈る人々楔を打ち込まれたところ、息を引き取ったところ、などそれぞれ重要な出来事が起きた場所に、教会は祭壇をもうけている。

キリストの墓は、今までいったどんな教会や宗教的遺跡よりも神々しさを感じる場所であった。
ある男の死んだ場所が2000年もの間人々を引きつけ、そして死んだ後に彼の言説が大きな文化を形成したことは興味がつきないことだ。

イスラエルの後、ヨーロッパ各地のキリスト教の宗教絵画をみたが、特に磔の絵は、ここを訪れたこともあり、より自分の中でイメージを描けることができるようになり、深く鑑賞できるようになった気がする。



ムハンマドが天に飛び立った第三の聖地




元々ユダヤ教の神殿が建っていた場所に、建てられた岩のドーム。
現在ムスリム以外は内部に入れず、また岩のドームがある神殿の丘に入れる時間も、非ムスリムは制限されている。

内部にある岩は、預言者ムハンマドが天空に旅立った場所とされ、ムハンマドの足や天使の手のあとなどが残っていたり、また全部抜けると世界が終わるとされている杭がうちこまれているなど、非常にミステリアスで興味が引かれる場所。
入ってみることができないので、キリストの墓で感じたような神々しさなどはあまり感じられない。

どこにいくのもセキュリティーチェックが厳しいイスラエルにおいて、ムスリムはここに入るのにほとんどチェックがなさそうであった。(非ムスリムのチェックは厳しい。)
自分たちの宗教施設へのテロはないだろうとふんでのことだろうか。



ユダヤ人離散の悲劇の象徴




嘆きの壁とは、もともとユダヤ教の神殿があった丘の西の壁のことで、そのためWestern Wallとも呼ばれる。
ローマにより神殿が破壊された後は、ユダヤ人はこの地に一度しかくることを許可されず、帰郷の夢を抱きつつここに祈りにきていたそうだ。
また、ここは1948年からはヨルダンの管理下にあったが、1967年の6日間戦争でイスラエル領となった。ユダヤ人にとっての最大の願いがそのときかなったということだろう。




独特の作法で祈りを捧げるユダヤ人イスラエル国家にとっての最大のユダヤ人国民統合の象徴はこの地なのだろう。
そのため、周辺にはユダヤ人がいかに苦難の道を歩み、そしてついに念願の地エルサレムに帰ってこられたか、ということを説明する施設がたくさんあるようだ。

また嘆きの壁周辺はユダヤ人地区になっている。
普段ユダヤ人というと大富豪とか迫害にあっているといった程度の印象くらいしか日本人は持っていないと思うが、この地区をめぐるとよりユダヤ人の生活がおぼろげながら具体的に見えてくる。
子供たちは、サッカーをするときもユダヤ人特有の平べったい帽子を被っているであるとか、もみあげをはやして山高帽を被って生活している人が意外なほど多いであるとか。
アラブ地区とは全然違う雰囲気で、その比較がまたおもしろい。


それでは、次回はイスラエルの負の面であるパレスチナ紛争の痕跡を旅行者の目線から、みていきたいと思います。


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

国境越えは難攻不落?~ヨルダン・イスラエル国境@世界旅行26日目~
治安が非常に不安視されるイスラエル。
少し前までテロが頻発し、また依然としてユダヤ人とパレスチナ人の対立が終わってはいない国です。

そんなきな臭い国であるため、国境を越える際に、様々なチェックを受けます。

10:00 アンマンの宿発
11:00 国境着
11:30 ヨルダン川出国審査
12:00 ヨルダン発のバスにのりこみ、途中キングフセイン橋という橋をわたり、イスラエル側へ。



荒野の緩衝地帯をバスで走る。

このキングフセイン橋、たいしたことない小さな橋なのですが、日本のODAでできたそうです。
ヨルダンとイスラエルは対立していたから、第3国が橋をかけることで、友好関係を促進しようとしたのかもしれません。
その功があったのかわかりませんが、多くの中東諸国がイスラエルにいった旅行者の入国拒否をしているなか、ヨルダンはそんなことはなく、一応の友好関係をイスラエルと結んでいるようです。

12:40 イスラエル側荷物検査



13:00 入国審査
旅の目的、ホテル、帰りのチケットの有無、イスラエルに友人はいるか、などを聞かれる。
数々のウェブサイトでは、ここの質問を執拗にされ、また検査官の態度が非常に無礼だと聞いていましたが、私は優しそうな若い女性で非常に和みました笑
時と場合によるのでしょう。
13:10 指紋・写真採取。今度は気だるそうなお姉さん。
13:20 終了。出口へ。
13:45 出口で小型バスにのり、エルサレムのダマスカス門へ。12ドルもしました。



イスラエル側の審査は1時間もせずにおわってしまいました。意外とあっけない。
ほかのブログなどでは、その他に空気が上からでてくる謎の機械に入れられたりとかしたと書いていたのですが、そんなものもなかったです。
簡略化したんでしょうか。

もっとも、私はすんなり出口までたどりつけたものの、私と一緒に行動していたオーストラリア人は、なかでてこず、結局私は待ちきれずエルサレムに行ってしまったのでいつ解放されたかはわかりませんが、人によってはものすごく長い時間拘束されることもありそうです。
入国の際は出るチケットを用意したり、質問の答えを考えておくなどきちんと準備したほうがいいかもしれませんね。


それでは次はついに、聖地エルサレムのレポートを行おうかと思います。どうぞお楽しみに。


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行





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