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Policy Creator!
某官庁1年生行政官が様々な面において政策を考えるブログです。世界各地の情勢、ITの進化、経済状況、書評等を通して主に政策の批評、提案を書き連ねていきます。 2009年10月半ばから2か月ほど世界一周をする予定なので、そのレポートも行います。
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Gichou

Author:Gichou
某官庁、行政官1年目のGichouです。
今年の4月から国家公務員として働き始めました。世界の情勢について、官庁について、IT事情についてなど自分なりの視点で書き綴って参ります。
興味の範囲が、経済政策、新ビジネス、世界・日本旅行、iPhone,iPadなどのガジェットなので、これらについて話題が豊富な予感。
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ペトラ遺跡の鐘の音、諸行無常の響きあり。~ペトラ@世界一周24日目~
ヨルダンのアンマンから車で3時間ほど南にあるペトラ遺跡にいって参りました。
ペトラ場所


ペトラ遺跡とは
以下ウィキ引用
紀元前1200年頃から、エドム人たちがペトラ付近に居住していたと考えられている。エドム人たちの詳細は不明である。

立地条件の良さのため、紀元前1世紀ごろから、エドム人達を南へ追いやったナバテア人達が居住しはじめる。ナバテア人はアラビア付近の貿易を独占。それにともないペトラも古代ナバテア人の有力都市として栄えた。

紀元前64年から紀元前63年ごろ、ナバテア人はローマの将軍、ポンペイウスにより、その支配下におかれる。ローマは、ナバテアの自治は認めたものの、税を課した。また砂漠から進入してくる異民族の緩衝地帯とした。また、ローマ風の建築物の造営がこのころ始まった。

106年には、ローマ皇帝トラヤヌスによりペトラとナバテア人はローマのアラビア属州として完全に組込まれる。

1812年、スイス人の探検家、ルートヴィヒ・ブルクハルトが、十字軍以降、最初にヨーロッパへ紹介した。

引用以上

中東でもしかしたら一番壮大な遺跡といえるかもしれません。



大きな岩肌に囲まれた道を進んでいくと・・・



遺跡が徐々にその姿を現す



全貌。ペトラ遺跡でもっとも有名な神殿。
非常に精巧な作りで、優美な雰囲気を醸し出すあるなんとか?




この遺跡は、映画インディジョーンズの撮影にも使われたようです。
映画で使われたらしきフックが残っていました。



山の上からの眺め



王家の墓




あともう一つ、大きな遺跡があったらしいのですが、今回は滞在が4時間ほどしかなかったため、たどり着けませんでした。
全部まるまるみようとしたら2日くらい必要な巨大な遺跡です。
そのへんで待機しているらくだなどに乗り、ゆっくりみて回るのがよいのでしょう。
この遺跡は非常に大きく、ヨルダンの随一の観光名所となっています。
国の成り立ちから考えると難民が人口の7割を占めるように、必ずしも確固とした国民としてのアイデンティティを持ちにくいだろう国、ヨルダン。
この遺跡は、ヨルダンの国王についで、ヨルダン”国民”にとってアイデンティティの核となっているのかもしれません。

非常に壮大な遺跡にも関わらず、いつの間にか滅び、発見されるまでひっそりとたたずんでいただろうペトラ遺跡。
平家物語にいう、”諸行無常の響き”を感じずにはいられませんでしたが、1000年の時を超えて、国民のアイデンティティの核となっていき続けてるだろうことが非常におもしろいです。

今の日本で行われていること、自分がやっていくだろうことが、1000年というスパンで考えて、国に、世界に、何かを残すことができるのだろうか、なんとなく考えさせられました。


それでは次はイスラエル編です。
お楽しみに!

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テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

遊園地から片田舎へ~アンマン@世界一周23日目~
記事に書いたシャルジャ空港から、ヨルダンの首都アンマンにエアアラビアで飛びました。98ドル。
4時間1万円が相場といわれるLCCでは、模範的な値段か。





アンマンの小さい空港から、宿へは宿に頼んでおいたお迎えの車で。1時間ほどで20JD(ディナール)=2600円ほど。ちょっと高い。
アンマンから街までは何もない。砂漠っぽいところを通り、少しずつ街が見えてくる。シャルジャ空港からドバイまで東京以上に綺麗な高速道路が通っていたこととは非常に対照的である。



宿は1泊5JD(650円)のドミトリー。
ドバイで5000円くらいの宿に泊まってたことを考えると大きな落差である。



ヨルダン・ハシミテ王国の首都アンマンは、ヨルダンの4分1の人口を抱える都市だそうだ。近代的なビルもある一方で、基本的には雑然としたアラブの田舎といった風だ。



アンマンは連なった丘にできた街だが、中東戦争による難民が流入し、丘という丘に人が住んでいるような印象だ。
なんとヨルダンの人口の7割は、パレスチナ難民らしい。
このことは、次に向かったイスラエルとの関係で考えるとおもしろい。


アンマン自体ははっきり言って見所はあまりない。
ローマ帝国時代やウマイヤ朝時代の支配を受けているので、それに関連した遺跡はでている。



ローマ時代の石柱(ヘラクレス神殿)



ローマ時代劇場



丘の上のモスク

といったところだが、中東やヨーロッパは、これより更に大規模な遺跡がゴロゴロしてたりするので、なんとも迫力不足。
しかも3時間もあれば全部見所は回れるでしょう。

ヨルダンは、イスラムの戒律もものすごく厳しいわけではないらしい。
モスクでの祈りもあまり熱が入っていない印象。

っていうか寝てるのでは・・・?





こういう祈り方なのかもしれませんが、どうみても寝てるようにしか見えません笑

こんなゆるーい場所でしたが、翌日にいったヨルダンのペトラ遺跡はなかなかの迫力でした。
次回ペトラ遺跡をレポートします!

それでは!


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